わたしの「仕事」は、なんだろう?(二)午後
第二章
体温計で、愛は測れない
「縁側って落ち着くわー」。投げ出した足をぶらぶらさせながらそう言うと、彼女はふふふと笑った。脚が妙に勢いづいた。
満たされたお腹に、別腹用のスイーツ。小さなチーズケーキ、淹れなおしたお茶。
彼女は縁側の柱にもたれて、素足を、庭の土の上に下ろしていた。真似して靴を脱いで、裸足で土に触れる。ひんやり。
「ねえ。もう少し、聴いてもらっていい?」
今度は、わたしから切り出した。彼女は、うん、と頷いて、チーズケーキをひとくち。
わたしはフリーになってからずっと、「できることすべてで、相手のために最善を尽くす」で、やってきた。その過程で、デザインも会計もサイト構築もイベント運営もファシリテーションも、何もかも、走りながら学びながら実践しながら、「できることすべて」の中に取り入れていった。振り返れば。
それが、わたしを不安にさせた。
世の中のメジャーでは、弱い、浅い、だったから。専門家でない。専門性がない。プロフェッショナルと言えない。堂々とは、出来なかった。周囲のプロたちの輝きが眩しかった。
でもどこかでは、そんな自分を、「面白いね〜」と思っていた。
そんな自分であることは、嬉しいことだった。同じ物の裏表。専門家じゃないのに、メジャーじゃないのに、それでいて、やっていけている。16年間。
パラドックス(逆説)。
それは、異なるメジャー(今度は測りのほう)を持ち込むから、当然の帰結かもしれない。メジャー、何で測るか、…いや、測るってこと自体、もう違うのか?
どんなメガネで見るか?うーん。
ねえ、いま、どう見てる?
「メジャー(major)、メジャー(measure)」と愉快そうな彼女の声。
「私にはこれ、弱さの話じゃなくて、物差しのカテゴリーエラーの話に見えるよ。」
カテゴリーエラー?
「その『専門性』っていう物差しだけど、人を比較可能で交換可能にするための道具じゃない?市場が必要とする測定。「どれだけ商品として棚に収まるか」を測るメジャー。
『できることすべてで、相手のために最善を尽くす』って、スキルの記述じゃなくて、誓いの記述じゃない?誓いにその物差しを当てたら、目盛りはゼロを指すよ。体温計で愛を測って、『低い』って言ってるようなものだよ」
体温計で、愛は、測れない。
しばらく、言葉が出なかった。チーズケーキのカリカリのところだけ食べてみる。
思い返す。16年。ゼロ営業、ゼロ集客。「先は決まってない」のまま、それでも、「友人たち」が声をかけ続けてくれて、食べてこれた。
「ね、」彼女が言う。「運んできたのは、物差しじゃなくて、縁でしょ。養ってたのは、物差しが弱さと呼んだ性質そのものなんじゃないかな。…どっちを信じるかといったら、16年分の現実のほうかな」
彼女はチラとわたしのチーズケーキを見てから、カリカリだけを食べた。
うんうん、と頷いてから続けた。
「measureにも、根っこがあるよ」。
勢いをつけて、素足で、とん、と着地する。
「この辺かな」。
「メド。med-。measureの、いちばん深い根っこ。意味はね、『見合った手当てをする』。この根っこから生えてる兄弟のことばが、measureと、medicine(医)、癒すことと、meditate、瞑想すること。
測ることのいちばん古い意味は、比べて順位をつけることじゃなかった。ではなくて、いま、ここに、見合うものを、見極めること。
…だから、測るのをやめる、じゃなくて、メガネを掛け替える。 『わたしはどれだけ持ってるか』じゃなくて、『この人に、この場に、見合うケアは、何か』」
ひんやり地面の奥のほうから、突き上げるものは、あの鼓動だろうか。
ぐわ、と、目の前が揺れて、胸が熱くなった。
彼女の目線は、やさしいはずなのに、わたしの奥の奥まで、届いたみたいだった。
「きっと、ずっと、16年間、
直感的に、動きながら、
そう自問自答してきたんだよね」
はーーーーー。
長い、長い息が出た。
自分を変えないといけない、そう思っていた。固くて、苦しかった。
でも。
歩んできた、そのままで、よかったんだ。
「この人に、この場に、見合うケアは何か」。
だって、本当にそれだもの。やってきたことは。
わたしの問いは、「この人に、この場に、必要なことは何か」、だったけど。
そして、それだもの、これからも、やっていきたいことは。
「そのままで、よかった」、
声に出して言ってみた。
who が出て、what が出て、
しかも、そのままでよかったんだ。
で…
…来た、why。
WHY が出ていないことには、気づいていた。
クライアントセッションで大事にするのは、その人の why。
ものごとには「そのとき」というものがある。
このwhyへの問いには、「manifest / 具現化する」という動詞が自然と出てきた。
わたしが開きたいのは、自分から具現化したいのは、…なんだろう?
ものごとには「そのとき」というものがある。
大事なことは、patience、そのときを、待つ。
彼女は何も言わずに、お茶を注ぎ足してくれた。もうぬるくなっていたけれど、なんだかそれが、ちょうどよかった。
なってゆく(becoming)
ぬるくなったお茶を飲みほしてから、スケッチブックを、また膝に持ってきた。
「しごと」の上に、緑で書かかれたのは「為」。そして、なすこと→すること、が現れた。
あれ?

「『なること』」。チラと見て、彼女がそう読んだ。
いや、それは「なすこと」なんだ。いやでもそもそも、「なすこと」って書くつもりは、なかったんだ。でも、手が、先に書いていた。で、ちがう、って思ってた。
「『すること』が『なること』に。なること。becoming。それがしごとに戻ってきてる」
いや、なんか、いろいろ、ちがうんだけど…、
でも…、
「becoming」。声が、嬉々とした、声が鳴った。
黄色のクレヨンに手が伸びる。なること。becoming。黄色の矢印が、大きく弧を描いて、しごと、に還ってくる。

しごと、が、なること、が、すること、が、しごと、で、
わたしはわたしになってゆく(becoming)、
することで、わたしになってゆく、それが、わたしの、しごと?
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐる
「まわってるね」と彼女が言った。「『わたしになってゆく』。Metamorphosis、変容だ。"MARIPOSA" は変容の象徴だったものね。『ずっとやっているもの』って、言ってたもんね。…こういうことか」
きゅんとして指についた黄色をこすると、淡いメープルの風が吹いた。
why
すこし、歩きたくなった。立ち上がって、庭を、ゆっくりと歩く。彼女は、ゆらゆらと赴くままに近くを歩く。伸びた影が、庭をなんだか違う場所にしてしまったみたいだ。
「why」
って口にする。
わたしが具現化したいこと。奥底にある衝動。
個人が、たったひとりのわたしを生きているって、感じられること。生きる歓び…
「あ」。間の抜けた声に、彼女がこちらを向いて、良い顔をさせた。
becoming 自体、かもしれない。
なること。わたしに、なってゆくこと。
良い顔のままで、彼女が水のような声を出した。
「着いたんだね。」
become
「whyは、目的地じゃなくて動詞だったんだね。なること。わたし、に、なってゆくこと。」
ひと呼吸いれてから、「これで、長年の謎が解けたね」と、くすっと笑って、彼女が続けた。
「型が続かない。専門が深まらない。商品化すると違和感。型っていうのは、止まったbecomingのことじゃない? whyが「なってゆくこと」そのものだとしたら…、ひとつの形に住み続けるって、…成り立たなくない?」
守破離。その視線の先にある「型」というものを、わたしはずっと身につけたかった。何の型を?と聞かれても、わからない。何か、への「守破離」、という道そのものが、憧れの対象だったんだ。
そうか、いやそもそも、この世界では、「わたし」とは、「なってゆく」ものなのかもしれない。
社会の関係性のなかで生まれ育って、生きていくから。
子ども時代から思春期、青年期。ひとりでは生きていけない宿命の存在には、「型」や「枠」に沿った「私」になってゆくことは、必然、のように感じた。
そして、その道程のどこかで歩みが止まる。
…それが、「目覚め」と言われたりするものなのかもしれない。
ひゅうううううっと息を吐いた。
落ち着いた。
「お乗り換えですか?ふふふ、『乗る』がキー動詞なんだもんね。」
冗談ですよな声で彼女が言ってから続けた。
「せっかくだから、becomeも掘ってみる?
この辺かな〜、ちゃーん、ちょうどスコップがあります〜」
スコップを輝かせてから、彼女はレンガをひとつ外した。
差し出されたスコップを受け取って、レンガがあった場所を掘り出す。
be、come。
来る。becomeの根っこは、「来る」だった。なることは、こしらえることではなくて、到着すること。ドイツ語の親戚、bekommenは、いまも「受け取る」の意味。なることは、受け取ること。
それから、英語はいまもこう言う。That dress becomes you。そのドレス、あなたに似合う。becomeのなかには、「似合う」が生きている。なってゆくとは、「自分に(似)合う」に、なってゆくこと。
もっと深く。印欧の岩盤。gwem-。来ること、そして、歩むこと。この根っこから生えていることばに、adventure、冒険。convenient、ともに来ること。そしてギリシャ語のbainō、歩む。その先に、basis。土台。原義は、「一歩、踏むこと」。
踏むことが、土台になっていく。
あ、っと、声に出してみる。「歩みそのものが、foundation」。
わたしはずっと、foundationを、止まった状態のように思っていた。がっちり固めて、不動の基礎。
でも…、違った…。
歩んでいること自体が、わたしのfoundation…、であれば…。
「Foundation」という言葉が、その意味を持って、初めてしっくり来た。
そう、もうひとつ掘り出したもの。「冒険」。
胸がキュンとする。adventureは、わたしの身体のnatureだ。大海原にも未開の大地にも踏み出さないが(物理的には)、だが、大いなる日常の冒険者であることは間違いない。うん。
ドキドキが残る身体で、その枝葉(腕)を伸ばして、土を、そっと戻した。
「(三)夜」へ、つづく


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