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「ポータル」- 旅路の風景

  • 3月10日
  • 読了時間: 9分

誰かのニーズに応えることで、お金を頂き、食べていく、という人生を送ってきた。


デザインで、アートディレクションで、ファシリテーションで、スタッフで。

会社に勤める時代は二年、フリーランスはもう長いけど、

そのどちらも、「誰かのニーズに応える」、この根底は変わらない。



もっと遡る。

そこに立っているのは、子どものわたし。


周囲には、大きな人たち。

父母、祖父母、叔母。先生たち。

みんなみんなに、褒めてもらいたかった。


自分が生きていくことを可能にする人々。保護者たち。

そんな彼らに、

褒められるように。

えらいねと、すごいねと、さすがだねと、

そうやって、愛してもらえるように。


回るフィードバックループ。

これしたら褒められる。

こうだったら褒められる。

褒められる条件。

愛されるわたしの条件。

回るフィードバックループ。


ぐるぐる回って、ほらもう、見分けがつかない。

Own skin のように。

「細胞は約7年で入れ替わる」

であらば、それはいつかわたしの皮膚となって。

一体化。

融合。

境がわからない。



確かに、そんな道を歩んできたんだ。

That's just a way.

Nothing to be blamed.

Nothing to be accused.

だって、それが生きる道だったから。

人工の街で生まれ育った「自然」。

That's just a way.

It's just a way … till then.



目線を上げれば、四角い窓の向こう、駅のプラットフォーム。

あちらからこちらから、電車は滑らかにとまる。

ゆっくりと、やさしく。音もなく。

あちらへ、こちらへ、電車は滑らかに消えていく。

ホームにはもう、人影なく。

茶色い線路。灰色の砂利。にょきっと電柱。

枯れ草がひそやかに風に揺れている。



わたしは、大いなる実験をしたいし、している。


それは、7年前にはじまった。

自分の世界のふたつの【間 / space】。【時間】と【空間】の、大いなる拡張。

言い替えれば、「わたし」の大いなる拡張。とも言えるかもしれない。


(「世界」と表現しているが、果たしてその言葉だろうか)


はじまりは、「死」だった。

そこから続く道でありプロセスは、「苦しみ」だった。

愛する者の続く死にまつわる、内なる苦しみ。

そしてそのなかに、ポータルはあった。


(だけど、その「苦しみ」のなかにこそ、生きる歓びが、すべての美が、そこにあった。と気づくのは後のこと)


「ポータル」とは、入り口のこと。四次元ポケットのような、どこでもドアのような。直線ではない、同じ面上にはない、ひょっとしたら次元が異なる、ような、タッチポイントであり、入り口。ポータル。



そんなきれいにまとめられない。要約できない。

「その合間」に真実があって、語られない言葉にならないところに真実がある。

語彙力や表現力の問題とも言えるだろうが、これがわたしであって、これが今の真実だ。

だから、そのままに書き出す勇気を持とう。深呼吸してリラックス。肩の力を抜いて、そのままでいよう。


これだって、spiritual practice。


昨日のわたしは言っていた。ただ、この瞬間瞬間を、ただ生きるのみ。過去に生きない。囚われない。他の誰か(叔父)に言った言葉と思いきや、実は自分に言うための機会だったりするのだ。面白いなあ。



目線を、頭を上げる。

四角窓の外、駅のプラットフォーム。

また電車がやってきた。コートの裾をはためかせて坂を走り登っていた人は、乗っているのだろうか。

錆びた支柱、下がり屋根、規則正しく並んだ電灯。

ホームにはまた、人影がなかった。



二年前の春分。いや違う、旧暦の正月に合わせて、「星置くラジオ」というPodcastを始めた。

自分の生きる「時間」を拡張しようとしての試みだった。

季節の巡りとともに生きること。その変化に、意識的になれるようにと。

季節の変化とは、つまりは、宇宙の、太陽系の惑星の巡りに、意識が向くこと。

地球暦をリビングのセンターピースとし、「和暦日々是好日」を手帳とした。本棚には暦の本が増えた。


手段としてのPodcastは、ヒューマンデザインのマニフェスターである自分のデザイン特性や役割を意識してのことだった。喉を使って、マニフェストするのだ。


小学校高学年だろうか、放送委員をやり(音楽に自分の声を乗せることの、言ってみればエクスタシーは、今も身体が記憶している)、友人とラジオ番組づくり(カセットテープに録音して十数回続いた)にハマっていた。ジイジのカラオケ用マイクを天井から吊るして、ラジカセで録音した。別撮りしたCMを流し、BGMは父の映画サントラCDが活躍した。


このPodcastという試みを振り返れば、子どもの頃から発現している気質、つまりは生来のエネルギーに合っている、けれども、これもまた、「新たな枠にはめてみた」と解釈できるかもしれない。


完璧にやりたい。気づけば heavy productionにしちゃう。「こうでありたい」、「こうであってほしい」、が重なっていき、その営みは重いものとなって、半年続いたけど、10月くらいだったろうか、そっとやめた。


もっと身軽にいこう。

Lighly, lightly, ever lightly.

It's just another play, wonderful play, なのだ。



時空間の拡張、に話を戻そう。


このMARIPOSAで扱っているヒューマンデザインだって、宇宙の、太陽系の惑星の巡りに、意識が向くこと、の手段というかツールのひとつだったりする。


これらの様々な試みの経験を辿って、少しずつ歩んできたその道の先で見えてきた景色は、確かに、変わっていった。


もうその記憶は薄れてきつつあるが、

7年よりももっと前、私の世界は、いわゆる「社会」とイコールだった。

仕事、キャリア、評価、稼ぎ。平面な世界。

成長への囚われにめくるめく好奇心、マインドの大活躍。

五感を通してわかりやすく実感できる物事が、つまりは、見えるもの、確認できるもの、が、わたしの世界、わたしが存在する空間の限界だった。


時間。時間とは、びっしりと埋めるものだった。絶え間なく動き、生産し、思考し、配って、無駄のないように。成長のために。

未来とは、今日の努力の結果であり、過去とは、恥ずべき、または誇るべきもので、でも同時に、生きてきた証であり、宝物でもあった。

フリーランサー、しかも、「わたしの時間」にはプライスタグがついている。

歴史とは、有史以来。いや、正直なところ、産業革命以降の過去200年くらい。いや、大正後期スタート、くらいかもしれない。


わたしは、平面の人間社会という空間を世界として、たった200年と言う時間を生きていた。

それが全てだった。たぶん。


そしてその世界で、「死」は遠い遠い向こうにほのかにある知らない何か、だった。


友人やお世話になった人を亡くした経験はあれど、自分という存在が揺さぶられるほどの死は未経験だったから。



その世界に、ある日突然、「死」が現れた。


しかし、死を言葉にするのは難しいことだ。

体験ベースで言葉にしてみよう。


それまでは、死んだら終わり、くらいに思っていたと思う。


でも、実際にそれが起こったら、

10年を共にした夫を亡くしたら、

とてもそんな事実は受け入れられなかった。



悲嘆とともに、大いなる旅がはじまった。


何人もの霊媒師に会いに行った。

わたしの内で膝を抱えて顔を上げない「あの日のわたし」に会った。

彼の魂を海の向こうへと送った。

「彼の言葉」を聞いた。聞けなかった想い、知れなかった胸中、見れなかった心象風景。


Unfinished business, コルクボードにピン留めで宙ぶらりんになっていたひとつひとつに、心を寄せて、寄り添って、抱きしめて。バラバラになったわたしを、ひとつひとつ、再びひとつになっていく、そんな営みだった。


そのうち、明晰夢を見るようになった。夢の中で意識を持って死した彼に再び会い、伝えられなかった愛と感謝を表明することができた。彼からやってきたのは、言葉ではなくエネルギー。無限で無条件、絶対の愛だった。

それはあまりに、大きな体験だった。わたし、を、超えていた。


続く母の看取りと死、そして父の突然の死。存在としての大黒柱だった祖母の死。実家も祖父母の家もなくなった。

7年の月日。

生命のおわりと、その後について、あるときは非常なる厳しさのなかで、あるときは緩やかに、だけど、日々、向き合ってきたのだと思う。


幾人ものコーチに支えられてきた。

ファシリテーター仲間にも、友人にも、家族にも。人類の叡智にも。


それらのすべてが今、溶け合い、融合して、

わたしはここに立っている。



大いなる旅路から受け取ったのはあまりに大いなるものだった。

いっときは、そこからなにか、線形に直接的に、生み出さなければと囚われていた。

それは今も、おそらく続いている。

だけど、「囚われている」ということに、今は気がついている。



15時半。影は伸びて、ホームには斜めの光が差し込んでいる。



暗い夜、見上げる星空に、その空間を、その時間を、感じる。

シリウス、スピカ、北極星。あの星たちの瞬きが、遠い遠い「間に在る」であることを知っている。

瞬かない木星の眩しい輝きに、その近さを、親近感を感じている。

北極星の右には北斗七星がその姿をすべて現す。

冬の終わりがもう近い。


1871年。ハッブルが望遠鏡で天王星を発見したとき、人間のエネルギー構造が変わったと言われる。

星を見上げるわたしのエネルギーも、どこか変わったのかもしれない。


わたしの存在は、いつしか、200年の時を越えていた。



死した彼らは、今も「ここ」にいる。

言葉では形容できない、絶対的な存在感として、目には見えない土中の微生物たちの大きなネットワークのように、緻密で奇跡的で美しい糸のように、わたしという存在を支え可能にしている。


そうだ。

彼らの存在が、わたしのfoundationでもあるんだ。

彼らの存在を、その絶対的な愛を、感じている。頬に当たる風のその柔らかさを疑うことはないように。

そこには、たぶん、love と trust と呼べるものがある。



「わたしのfoundationはなんだろう」

この問いに照らし出されるその深みを、具現化したい。

ここ最近は、そのレンズで、外なる世界を、内なる世界を、見つめていた。

(foundation - これもいつか自分の言葉にしたい)


今日のリトリート。

外なる歩みを止めて、ポータルを抜けひとり歩く内なる世界。

微細に揺れる湖面を歩くような、そんな歩みにふっと現れた、その問いのいわゆる「答え」ではなくて、その問いに、呼応するもの。


わたしの foundation。

そのひとつは、死した彼らの存在だった。


それは光と色彩豊かなひとつの「界」とでもいうもので、生命のネットワーク、愛の光彩、愛の波、とでも言うイメージのなかに、浮かんでいた。


あぁ、これもまた、そのひとつだった。

時間と空間。

わたしという身体的存在が、物質として置かれている時空間と、わたしというエネルギー的存在が在る時空間。

これも、foundationだ。


ということが見えてきた、月曜日の午後だった。

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